お正月01

去年のお正月、自分の実家での介護に疲れていた私は旦那の実家でお酒をがぶ飲み。ただでさえ弱いのに、初詣でに行く途中での山道で酔ってダウン。ボロボロになった思い出です。
小さい頃はよく親戚が集まって、いとこで「かるた」「凧揚げ」「すごろく」「トランプ」などをしました。楽しかったな。年齢が上がるにつれて、いとこは、ひとりひとり泊まりにこなくなって寂しかったですが。でも、お正月が来るとあの頃の事を思い出し、親戚っていいな。と思います。
お正月にお雑煮を食べてたら歯が抜けました。
彼氏と二人で初日の出を見にいったことです。今でも鮮明に思い出せるくらいきれいでした
お正月はいつも決まった神社にお参りに行き家族でたい焼きとたこ焼きを食べてます。
お正月はいつも決まった神社にお参りに行き家族でたい焼きとたこ焼きを食べてます。
年末から時間をかけて家族のためにお節を作ります。息子にアレルギーがあるため手作りを心がけています。市販のもののように立派なお節ではありませんが、みんながおいしいといって新年から笑顔を見せてくれることで私は1年家族のためにがんばれるんです・
昔はお正月といえば、家族全員で掃除をし餅を準備し、正月は家族で遊ぶといったのが多かった様に思います。
早く過ぎ去って欲しいという願いだけだった。貧しかった思い出が過ぎるである。
祖父の誕生日が元旦ということで、親戚一同が集まって、お祝いしました。お料理も食べて、ケーキも食べて、楽しかった思い出です。祖父はまだ元気なのですが、いつのまにか、集まりが途絶えてしまいました。また、以前のように、集まれたらいいなあと思います
たいてい寝正月となり、初詣も初売りも行かずに過します。しかし、子供のころに一度家族で初日の出を見るために山登りをしたことが思い出に残っています。子供の私の体力では、結局初日の出にも間に合わなかったし、登山はとてもきつかったですが、いまだに思い出に残るお正月です。
家が貧乏だったので、子供の頃お年玉をもらった記憶がない。 せめて自分の娘だけはとお年玉をそこそこあげた。 その娘も今は三人の男の子の母親になり、今はその孫にお年玉を あげるようになった。
子供のころ、お正月に着物を着せてもらったのは良かったのですが、赤い髪飾りをつけると駄々をこねました。当時は三が日はどこのお店も休みで子煩悩な父が町中駈けずり回り赤い髪飾りを手にいれてくれました。今は、亡き父ですが本当に申し訳なかったと思っています。、
私が子供のころは正月は空気が澄んでいてとても静かだったです。
徹夜マージャンをやるのが恒例になっています。1日は昼過ぎまで寝て、2日、3日は箱根駅伝を見る。楽しみです。
やっぱりバーゲンでしょう。テンションが上がって意味不明なものを購入しちゃうときもありますが。。。福袋とか残り僅かとか言われると弱いし。とっても楽しいですね!
子供の頃はいつも近所のお寺で鐘を付いていたなあ。
妻の実家で、美味しいお酒と、料理がお正月の楽しみです。
ここ数年は、おせちと、庭でバーベキューをすることが習わしになっています。そして今年新たに計画中なのが、流しそうめんです。夏に出かけた先で痛く気に入った息子のリクエストで行う予定です。正月ぽくない点が子供には受けるようですね。
社会人になって正月を迎えると、お年玉をあげる立場になっていて大人になったなぁとしみじみ思います。
子供の頃、日本のお正月というものはこういうものだよと、おせちにおとそ、お雑煮など、正月ならではのものを毎年用意してくれてた両親。 今はまだ子供たちも小さいけど、小学生くらいになったら私も母と同じに用意してあげれるだろうかと思うと両親にとても感謝します。 徐々に子供たちに用意してあげれるように日本の心を伝えていけれるとうれしいです。
子供の頃からお正月って正直あまり好きではありません。子供の頃はTVをつけても面白くないし、どこかへ出かけることもなかったし、今みたいにお店はどこも開いてないし…
高校時代の友達の家にお正月に遊びに行った時、世の中には何とご立派なお母さんがいらっしゃると感心しました。彼女のお母さんは、パンも味噌も手作りされる方で、おせちも全て手作り、おせち以外にも、いろいろな料理が並び、とてもおいしく感激しました。他人からしたらうらやましいですが、友人はジャンクフードが食べたくて仕方なかったそうです。
やっぱり、子供の頃はお年玉が嬉しかったです。
叔母の家に集まって、ミカンやお菓子を食べながら、百人一首、坊主めくり、ゲームなど、大騒ぎをしたのが懐かしい。本当に本当に楽しいひとときでした。それぞれ独立して、物理的にも心理的にも遠くなってしまった間柄が、この時期になるとひどく切なく感じます。
両親が健在のころは、毎年、夫婦と子供たち3人で泊まりにいってました。三が日は、おせちや豪華なごちそうが並び、母は大変だったろうなと、懐かしさとともに、申し訳ない思いです。今では、両親も亡くなり、今は我が家に子供たち家族が来るようになりました。両親から受けた愛情を子ども達に伝えたい思いでいっぱいです。
我が家に親族が集まり、親の思い出話や昔話をいたします。準備は大変ですが楽しみです。
実家の庭の金柑で甘露煮を作ります。おばあちゃんからの作り方と味ですが、とてもかないません。毎年懐かしく食べています。
毎年お年始の挨拶に行くと祖母の家では満漢全席のように祖母の手料理が用意されていました。今は毎年行く事ができないけどみんなで食卓を囲んで祝うお正月は格別です!!
長男を出産した時、黄疸がひどく一度退院したのち再入院をしました。出産したのが12月末。お正月は実家で過ごす予定が、1月1日から3日までの正月の三が日を産婦人科で過ごすはめに…。出産祝いを兼ねて、義父と義母が超豪華なおせち料理を実家に送ってくれたので、病院食をキャンセルして、そのおせち料理を病室で食べました。そんな入院暮らしの疲れから、その後私がインフルエンザにかかったり、と、とんでもない出産&お正月になりましたが今ではいい思い出です。その長男は、さ来週で3歳になります。5月には元町本店にお邪魔して、きんつばソフトを1人でぺろりと平らげたんですよ!
毎年、お正月は母の実家で親戚中が集まってにぎやかに過ごしていました。従兄妹と会うのが楽しみでしたが、今はそれぞれに家族ができ、まだ独身の立場では足が遠のいてしまっています。来年のお正月も、微妙です。
実家は自営業だったので、お正月も初売りのある日は仕事をしていました。母はとにかく忙しくて、子供心にも一緒にいてほしいなんてわがままを言うのをはばかるほどでした。祖父母とも同居でしたし、心の休まることもなかったのではないかと、今自分がこの年齢になって改めて母を尊敬する季節です。母は料理の上手な人で、大みそか元旦のお料理は本当に楽しみでした。今年は帰省できないので残念です。
今年の春に結婚したので、今年は家族で過ごす子供の頃からのいつものお正月というものが最後でした。いつも通りのお正月でしたが、母が作った料理や、家族揃って行く初詣や、いつもより気持ちを入れた思い出深いものになったと思います。
祖父母が健在だった頃、二人はお正月になるとかならず着物を着ていました。そんなに上等なものではありませんが、きちんとした気持ちで新年を迎える気持ちの表れだったのだと思います。その頃はたくさんの親戚、仕事関係の人が挨拶に訪れ、それはそれで大変だったのですが・・・。今は家族と、ごく近しい親戚が顔を見せるだけ。子供の頃は「正月は特別な日」でしたが、最近は家族でのんびりする休日に変わってきたなぁと感じます。それでも、祖父母をみてきたせいか、いまでも元旦は何か新しい物を身につけ、自分なりの新年を迎えています。
子供の頃は母方の実家にいつも帰省していました。お仏壇の前にエコルセの大きな缶がフタの開いた状態でお供えされていて、キラキラの包み紙に魅かれて見ていたら、おばあちゃんが「そんなにみてたら穴があくわ」と言って、私たち姉弟にひとつずつくれました。すごい高級なお菓子に見えて、ゆっくりゆっくり食べたのを思い出しました。
あっという間に1年が経ってしまいましたね。我が家は毎年正月は信州でワンコ達と雪遊びです。今年の正月は雪が少なかったので、来年は期待して出かけます。
私の実家でのお正月の思い出は何といっても、元旦には家から出ないということです。お年玉を使いたいと思って出かけたいと言っても、親に元旦からお金を使うということは一年間散財の一年になると言われてたので元旦は家でのんびり正月気分を味わうものだという思い出がしみついてます。
最近は家族、親戚でお昼に外食しに行き、夕方まで飲んで楽しくお正月を過ごすようになりました。片付けもしなくてよく、気分良くお酒が飲めます。
母が作るお節料理の紅白なますが大好きでした。
高校の時、バイトは禁止だったのですが、こっそりとお正月に「最上稲荷」の参拝道の飲食店で泊り込みのバイトをしたのが思い出かなぁ。。ちなみにこの時から、一緒に参拝した人とは、別れる!!というジンクスが生まれました。。。
家族でお正月に北海道へ旅行に行くのが毎年恒例になっていましたが、子供が大きくなり親離れしていったので来年からは行かないことにしました。親離れしていって寂しいですが、子供の成長を実感できるのでなんともいえない心境です。
正月は、食事して間食して必ず体重が増えてしまいます。間食はチョコ系が多いです。
何年か前、彼女がノロウイルス?にかかり高熱でフラフラしていたのですが、ただの知恵熱かと思い「歩けば治る!!」といろいろ振り回し歩かせ続けました。翌日、治ったようなので、今では笑い話ですが。。。
子供のころのお正月は 商店が休みになるので、年末に買い出しをして大変だったことが思い出です。 今は元日から多くの店が営業してますからね。
毎年恒例の初売り!いまでは娘たちのほうが張り切っています・・すっかり受け継いでくれました〜!
昔は本家(祖父・祖母がいる家)に新年のあいさつをする事が一年の始まりだったのですが、最近は両親や兄弟までの集まりで新年の顔合わせを行っています。新年は大人数で滅多に会わない人にも逢えるのがとっても楽しみだったのに、せちがない時代になりました。それでも逢える家族(親類)には少しでも喜んでもらいたいので美味しいエコルセを送りたいですね。
洋服と下着を、新しく購入してもらい嬉しい気持ちで新年を迎えていました。
毎年川崎大師へ初詣でへ出かけます。
正月のコマとかタコとかなくなって、今の子はゲームなんてすこしさみしいです。
初詣で参拝した時、後ろの方から投げられたお賽銭が襟元からスポッと入り、帰宅して着替えると、100円玉が出てきました。私はラッキーでしたが、100円のお賽銭を奮発した人ごめんなさいでした。