• オンラインショップ
  • 商品紹介
  • 店舗一覧
  • 資料室
  • 談話室

ホーム > 特集 > 神戸からの手紙 > 神戸の坂道「トアロード」

神戸からの手紙

神戸の坂道「トアロード」

大丸の東北側、三宮神社角を起点とし、
高架下を抜け、山の手へ向かって真っすぐに伸びる道は
「TORROAD」と表示されています。

トアロード

長さ1000メートル、幅15メートル、高低差43メートルのこの道路は、明 治6年2月に開通、居留地と山の手を結ぶ道で、当時の名称は「三ノ宮筋道」。
出発点でもある居留地は、1868年の神戸港開港と時を同じくして設定されましたが、当初土地造成が間に合わず、住居地区としては広さが不足だったため、生田川より西、宇治川より東、山辺より南の各1000メートルの地域に限り、雑居地として内外人の混在を認めました。この雑居地制度こそ、条約外の清国人たちが住み着いて今の南京町の元を生み、西欧の人々が住居として北野町や山本通などの山の手へ進出した契機ともなった制度でした。

トアロード

さて、この「TOR ROAD」という名前。「その起源については、諸説粉々である」とのことですが、昨年北野町に住む弓倉恒雄氏がその謎を説き明かしてくれました。これが唯一真実とは言い難いとはしつつ、氏の説は粉々たる諸説のひとつ「トーア・ホテル」起源説を、更に遡ってその源を求めています。
建設当時「三ノ宮筋道」と言われていたこの南北の通りの北の突き当たり付近には、1908年(明治41年)から1950年(昭和25年)まで「トーア・ホテル」が建っていたのは神戸では周知のこと。

弓倉氏は、この土地にはホテル建設以前、土地の所有者である英国人F・J・バーデンズが大邸宅を構えており、彼がこの館を「The Tor」と称していたことを突き止めます。当時この地区にいた西欧人はドイツ人、イギリス人が中心。彼らにとって「Tor」という文字は、「岩山」、あるいは「門」を意味し、その邸宅の姿から恐らくバーデンズが付けたであろう俗称を違和感なく受け入れていたものだろうと考えま す。しかし読み方が「トール」だったのか「トーア」だったのかは明らかではありません。その後、この地に建設された東洋一の格式とサービスを誇るホテルが「トーア・ホテル」としてその文字を引き継いだというのが氏の推論。そのほかの説がまったく論外というわけではありませんが、神戸の歴史の中で確認することはできません。
王子公園に移築された異人館のひとつ旧ハンター邸は、このトアロードの名の由来となった山の手のバーデンズ大邸宅の名残であることも氏の調ベで明確になっています。

「神戸トアロード物語」  弓倉恒雄著 アサヒ商産出版(株)


このページの先頭へ