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ホーム > 特集 > 神戸からの手紙 > 明石海峡「春景色」

神戸からの手紙

明石海峡「春景色」

◆明石のさかな

元和五年(1619年)、明石城築城の際に行われた町づくりで、明石に二つの魚町が誕生しました。鮮魚と練り製品の店を集めた「東魚町」、塩干物を扱う店を集めた「西魚町」がそれで、西魚町は昭和になって廃れましたが、東魚町は発展して現在の魚の棚(”うおんたな”神戸の人はこう呼びます)として残りました。

買い物客で賑わう魚の棚 買い物客で賑わう魚の棚

日本中に港町があり、魚のおいしい町がありますが、共通しているのは近くに潮の流れが速い海域があることです。明石もそんな町のひとつです。
明石海峡は約6時間毎に流れの方向が右に左に入れ替わります。通常は12〜13Km/時程度ですが、早い時には20〜30Km/時になるといいます。最大潮流速度は毎秒4.5mです。また、明石海峡から瀬戸内の海にかけて浅瀬が広がっており、そこに群生する小魚を狙って明石名物のタイやサワラ、スズキなどの高級魚が集まります。そしてその新鮮な魚を朝一番ではなく、11時過ぎに行われる〈昼網〉の競(せり)で買うのが神戸の食通のこだわりであり、心意気なのです。神戸で魚料理を出す多くの店は、この〈昼網〉を売り物にしています。明石海峡はおいしい魚を育てる海の道ともいえますね。

昼網であがった明石蛸 昼網であがった明石蛸

◆海峡にかける橋

明石海峡には一日約1400隻の船の往来があります。 その明石の大門を真っ赤に染めて、夕日が西の瀬戸内の海へ沈んでいく瞬間、これを浜から眺めるのは最高だと神戸の人はよくいいます。
夕日に向かうように海峡をわたっていく船は、浜から眺めると喫水線から上が海上に浮かんだように見えて、実に幻想的な世界を描き出します。一度ご覧になってはいかがですか。
その海峡をまたいで、1998年の完成を目指し、明石海峡大橋の建設が進められています。全長3910m、完成すれぱ世界一です。この明石海峡大橋を渡り淡路島を通過して大鳴門橋を経て本州から四国へノンストップで入ることが出来ます。当然地震対策は十分、マグニチュード8.5クラスに耐えられる設計です。

◆子午線上の明石

明石は、東経135度の子午線上にあり、「子午線の町」「時刻(とき)の町」としても知られています。一度は京都の時刻が日本標準時に定められることになりましたが、1886年国際会議でイギリスのグリニッジ天文台を0度とし15度毎に一時間の時差を設けることが決定されたことを受けて、日本もこれに従い135度を標準とすることが決められ1888年1月1日午前0時より標準時の使用が始まりました。他にも、かの高山右近が始めた教会があったり、源氏物語の「明石・須磨」の巻の舞台があったりします。そして宮本武蔵がかかわったという町づくりの名残も…。
明治4年の廃藩置県後、外国人に売られそうになったり、櫓(やぐら)が解体されそうになったり、大正天皇の御用地になったりと幾多の変遷を経た明石城も、今、県立公園として四季折々の市民の憩いの場になっています。


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