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神戸からの手紙

真珠ストリート

神戸の山側、異人館の並ぶ山本通の一本南側の東部分は有名な真珠会社が軒を並べ、「パールストリート」の別名をもっています。

真珠ストリート

そこに並ぶ会社は、さすが神戸、日本だけでなく華僑、イラン、インド、イギリス、アメリカ、と実に多国籍です。他の宝石と違い、研磨することなく、その優雅な美しさを誰もが認める真珠。 天然の真珠は古来、世界の様々な国で採取され、宝石として多くの王族の胸や首をあるいは王冠を飾ってきました。
真珠には強い守護の力があると信じられ、潜水夫や漁夫は海難事故から身守る護符として真珠をつけて海に出たといいます。また、古代の神官は霊視力を強めるために額の上に一個の真珠をつけましたし、真珠を粉末にして、蜂蜜やワインと一緒に服用し病気の治療に使われたという文献もあります。
日本人にはどこか安らぎを感じさせるこの真珠、今度の震災でその美しい町並みの多くが崩れ去った神戸が、日本の真珠取引の中心地であったことはあまり知られていません。
御木本幸吉翁で有名な養殖真珠、日本はこの養殖真珠の世界に名だたる輸出国ですが、その国内最大の産地は愛媛県で、次いで三重、長崎、熊本、佐賀、大分、鹿児島と続きます。
日本から輸出される真珠の大部分は、穴を開け、シミを抜き、糸を通した「通糸連」と呼ばれる一次加工品(半製品)です。これに貴金属をつけたりする二次加工は、輸出国である台湾、イタリア等が得意な分野です。最近ではイランが追い上げてきています。

ところで、なぜ一次加工、そして、輸出港が「神戸」なのでしょうか。長く南に面した六甲山の麓に注がれる太陽の光がその選別に適しているという、それらしい理由を説明する向きもあるようですが、事実はどうも違うようです。
真珠の養殖に成功し、世界中の真珠愛好者を商売の対象にすることになった十九世紀後半、日本が諸外国の通商、宝石の流通に詳しい筈も強い筈もなく、その輸出経済を支えたのが神戸の外国商館だった、というのがその最大の理由です。つまり、正確に言えば、神戸に持ち込まざるを得なかったのです。
この度の震災の被害が比較的軽微であった神戸の真珠業界には、徐々に活気が戻ってきています。サンゴと共に「匁(もんめ)」を国際単位として取引される淑女の泪にも似た真珠が、再び輝くであろう「1000万ドル」の夜景と共に、世界に冠たる位置を取り戻すのに、そう時間はかからないでしょう。

<参考文献>「宝石の神秘力」林 陽 著、「冷たいジュエリー」岩田 裕子 著、「ジュエリーの話」山口 遼 著


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