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お菓子の開発物語

高砂金鍔・銀鍔

高砂金鍔高砂金鍔

1998年春、本高砂屋から新商品「高砂金鍔」が発売された。従来より販売している人気商品「銘物高砂きんつば」の餡だけで作った菓子。小麦粉の衣をつけて焼く前の、旨味の部分だけを凝縮したいわば”生きんつば”である。本当においしい菓子を多くの人に食べてもらいたいーと考え、明治半ばに今あるきんつばを考案した創業者杉田太吉の精神を脈々と受け継ぎ研鑽を重ね、現代の技術を得てようやく実現したきんつばのもう一つの形である。

従来より販売しているきんつばは、焼きたてのおいしさが売り物である。品のよいふくよかな甘さの餡としっとりした皮が醸し出す味わいは、絶妙といってよい。だが、1日置くと皮が固くなり、餡と皮のバランスがくずれてしまう。従って、地域も店舗も限定して販売するほかない菓子であった。しかし”きんつばといえば本高砂屋”といわれるほどの人気商品だけに、顧客から「遠方へも地方発送してほしい」「もう少し日持ちのするものを作ってほしい」と、たくさんの要望が寄せられる商品でもあった。

けっして労を惜しんでいるわけではない。添加物などを使えば、皮の固くならない日持ちのする菓子が簡単にできることもわかっている。それをあえてせず、頑固なまでに昔ながらの味と手法を守り続けるのは、きんつばが本高砂屋の菓子づくりの原点であり、百年以上もの間大切に守り育ててきた商品にほかならないからだ。

しかし…、と四代目社長杉田肇は考えていた。顧客の期待に応えていくこともまた自分たちの仕事、使命ではないか。そもそも今あるきんつばは、創業者杉田太吉が丸形の江戸きんつばに改良を加え、角形の六方焼き高砂きんつばとして売り出したのが始まり。神戸の街や港で働く人たちのために考案したものだった。一人でも多くの人に−−が本来の姿のはず。それなら、今あるものとは別に、現代の技術で新しい工夫をすべきではないか…。

高砂きんつばがこれほどのロングセラー商品になり得た秘密は、極上の小豆を使い、素材の旨味を最大限に引き出した餡にある。羊羹などに比べるとはるかに軟らかく、また他社のきんつばとも全く違う独特の餡。食感の変わりやすい皮をはぶき、この餡だけで、小豆の旨味が堪能できる菓子を作ろう。そして、日持ちも地方発送も可能にしよう。これが杉田の決断だった。

今の技術なら餡だけのきんつばがきっとできる…。杉田の意思を知った商品研究開発部長井上正蔵にもひらめくものがあった。井上は、和菓子の製菓技術で神戸マイスターの称号を持つ人物で、本高砂屋の技術者のなかでも中核的存在。その井上が自ら陣頭に立ち開発に乗りだした。井上がこの時絶対条件としたのは、餡そのものは、今販売しているきんつばと全く同じにすることだった。きんつばの餡、すなわち大粒の小豆を使用し、シブの抜き方、腹が切れない炊き方、炊きあがった小豆の寝かせ方…。一つひとつが、長年の経験の集積から探りあてた知恵と技術に裏打ちされている。そして、糸寒天と純度の高い白双糖の液の中に寝かせた小豆を入れて、さらに炊き、仕上げに果糖などを加える独自の手法も。

こうしてできた餡を、どのようにして保存や輸送可能な商品にするか。井上が考えたのは、過去に日持ちのする上生菓子という画期的な商品を生み出した際に開発したオリジナル技術、すなわち熱いうちにアルミ箔に充填し、冷却室で固めた後、シールパックをしてさらに低温殺菌を行うという包装方法の応用だった。しかし、杉田は井上に新たな注文をつけた。焼きたてのきんつばの味にこだわったのである。やわらかくしかも甘さを控えた餡でなければならない、そうでなけれぱ生きんつばといえないと杉田は言う。井上や和菓子工場の製造スタッフは試行錯誤を杉田は試食を繰り返した。添加物を一切使わず、伝統の味をみずみずしいまま一ヶ月間保存することができる生きんつばとして、杉田が最終的に商品化にゴーサインを出したのは、二月も終わりに近かった。

高砂銀鍔高砂銀鍔

また、進物にも利用できるように姉妹品としてイモ餡の銀鍔も同時に開発し、金鍔とセットにして販売するようにした。もちろんそのまま食べるのが最もおいしいが、時には、ひと工夫して手作り感覚のティータイムを演出するのもよさそうだ。たとえば、水溶き小麦粉をつけ、ホットプレートで皮のあるきんつばを焼いて”きんつばパーティ”を開くのはどうだろう。煮溶かすと、小豆の旨味が生きた本格派ぜんざいも簡単にできる。伝統的な和菓子でありながら保存ができ、食べ方のバリエーションが広がる商品、それぞれのライフスタイルに合わせて楽しめる新しい商品といえる。


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