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お菓子の開発物語

果心庵

果心庵

めでたい亀甲形の包みの中に息づく生命(いのち)。
生の菓子のもつ凛とした品格と、なまめかしいまでの艶がある。
それを可能にしたのは、材料から包装まで細心の意を払い、拘(こだわ)りぬいたからこそ。
いつ誰をお招きしてもきちんとおもてなしできる「本物の菓子の心」が、滑らかに口の中でとろけるようだ。

エコルセが世に出るのと並行して和菓子の部門でも販路の拡大を求めて夜毎の試行錯誤が繰り返されていた。当時、煎餅などの乾きもの、羊羹などの練もの以外、日持ちのする和菓子はなかった。だがそれでは拡販は望めない。
「なんとしても和のギフト商品を開発しよう。帰省の折にも日持ちのする生菓子があればきっと喜ばれる。」包装の機械を前に、そんなことを当時の社長、杉田政二は考えていた。「原理は所謂レトルト食品と同じで、空気に触れずに殺菌すればいい。」

今までの菓子製造で培った技術をもとに独自に機械を改良。何度も失敗を繰り返し、ようやく販売に踏み切ったのは昭和48年のことである。しかし、以後順風満帆だった訳ではない。針の先程の穴でもあれば、生が故に中の菓子はたちどころにカビが出て、腐敗してしまう。裏面のアルミ箔を接着する過程では、空気が入らないよう、社長を先頭に社員総出で、手で押さえて付けたこともある。きんつば用の一文字の鉄板の上で、熱で手がはれるまで、とにかく機械の改良を見るまでやらねばならない。

思えば、エコルセを思い立った時もそうであった。信念を持って新しいものへ挑戦する不撓不屈の精神が不可能に思えることを可能にしている。果心庵という名、和菓子らしい亀甲の六角の形、切り分けていただく工夫。それらすべては、しっとりとほどよく弾力のある中身を保護し、永く保存する包みを開発した政二たちの心の結晶である。こうしていま果心庵は、生菓子のしっとり感と風味を損なわず、しかもいつまでもおいしくいただける点を評価され、全国津々浦々、贈答に、おもてなしに、日常のお茶受けにと、親しまれている。

果心の果は菓子の果であり果実の果でもあるが果敢の「思いきって成し遂げる」という意の果と読んでもあながち間違いと言えなくもない。その心は三半譜(さんはんのしらべ)を生み、現社長、杉田肇に受け継がれ、今回のリニューアルを見ることになる。

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果心庵

みずみずしさそのままに、まるで透明な果肉のような亀甲の形。大和いもの中には、柚と杏、道明寺の中には抹茶と小豆と、それぞれの特性が生かされ、本来の味が引き出されている。生菓子でありながらおいしさを永く保つ。その秘密は経験や技術は無論のこと、それを生み出そうとする菓子職人の”心”にあった。

「菓子を子守しろ」とは、元本社工場長児玉叶の言葉である。子供を育てるように愛情を持って菓子に接しろ、ということなのだが、果心庵の誕生とそれを育ててきた思いがよく現われている。

当時、研究室にいた児玉に課せられたのは”日持ちのする和の生菓子”という前代未聞の命題である。菓子製造に携わって20数年という児玉にも全くその前途は険しいものであった。今まで積み重ねた技術・経験と、あとは新しいものへ挑戦する意気込みしかない。なんとかして作り出そうという熱い思いが唯一、みんなを支えていた。

乗り越えなければならない点はいくつもある。いかにして素材の風味を損なわずそのままのみずみずしさを保つのか。どうすればべーター化(硬くなること)を防ぎ、滑らかな食感が得られるのか。アルミ箔で包み込むという包装技術以前に、菓子そのものの製法にも画期的な技術が生み出されている。
柚と杏を包む大和いもは、その素材のまろやかさを生かすためにマイクロ波を用い、高温処理されている。マイクロ波と言えば、いわゆる電子レンジに使われているものだが、普通の蒸し釜では出来ない果心庵特有の透明感が得られ、薯蕷(じょうよ)饅頭のあの白い皮からは想像できないものへと変貌している。
また抹茶、小豆を包んでいる道明寺は、もとを正せばもち米であり、桜もちなどにも使われているように日持ちはしない。これも通常より20度以上も高温で蒸すことにより、いままでにない日持ちの良さと、透明感とまろやかさを実現している。
また、お菓子は糖で菌を抑えるというのが、ごく普通の製法で、「日持ちさせる」ことと「甘さを抑える」ことは矛盾する。つまりカビを防ぐためには、砂糖の量を増やさなくてはならないのだ。この点でも新製品になって砂糖の量を抑えるのに成功している。さらには、中に入れる果実や抹茶などの変色も防がねばならない。これについては、外側とは対照的に真空釜と呼ばれる低温の釜で沸騰させ、高温による変色を防いでいる。

これらすべては、言葉で説明すれば「ただそれだけのこと」というように受け取れるが、試行錯誤、失敗を何度も繰り返し、体で覚えて生かされてきたことである。まさしく、永年培われてきたもので、勘や経験を伝統にまで高めようとする熱意があればこそである。「子守するような細やかな作り手の心も一緒に売っている」という児玉の言葉には説得力がある。

「その時代のお客様のニーズに合った、他社に真似の出来ないオリジナルなお菓子の創造、そして毎日の研鎖」それが本高砂屋のお菓子づくりのポリシーであり、現杜長、杉田肇のもと、「いつも新鮮で本当に良いものを召し上がっていただく」ための体制が一層強化されてきている。


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