• オンラインショップ
  • 商品紹介
  • 店舗一覧
  • 資料室
  • 談話室

ホーム > 資料室 > お菓子にまつわるいい話 > 新年を寿ぐ

お菓子にまつわるいい話

新年を寿ぐ

【 記念日のお菓子 その4 】

自然も、人の心も、ものみなあらたに生まれかわる新年。春を予感させる新しい生命の芽生え、来るべき豊穣、健やかな日常への祈り今回は、新年を寿ぐ料理や菓子の中にこめられたさまざまな先人たちの想いをたどりながら、日ごろ見失っている「日本の心」のありかを探ってみたいと思います。

元旦

「鏡餅」にその年の新しい歳神さまが宿る

マンションや洋風の住まいが多くなった今日では、ごく形式的な存在となってしまった鏡餅。その鏡餅も、本来は農耕民族である私たち祖先の祈りと願いがこめられた、きわめて神聖な存在であるということをご存じでしょうか。新年に鏡餅を飾る習慣は、はるか昔よりわが国に存在し、すでにかの『源氏物語』の中にも「餅鏡」という、鏡餅をさす言葉が登場していたほど。作物の中で最も大切な米でついた餅に、海の幸、山の幸をあしらってその年の豊作を祈願する。鏡餅には、新年とともにこの世に御座(おわ)した新しい歳神様への供え物という、大切な意味が込められていたのです。さらに、その丸い形が霊魂と同じ形だということで、歳神様の魂が宿る聖なるところとされていました。今でも、鏡餅を床の間や飾り棚など一段高い場所に供えるのは、神様の魂を粗末に扱わないようにするためなのです。

「雑煮」は神への供え物をひとつの鍋で煮たごちそう

もうひとつ、正月に欠かせないものといえば雑煮があげられます。この雑煮はもともと、大晦日の夜、歳神様に供えた餅や野菜などを一つの鍋で煮て、元旦に家族みんなで分かち合って食べたのが始まり。「百味の供御」(ひゃくみのくご〉または「百味の飲食」(ひゃくみのおんじき)という昔の言葉にもあるように、神様にはできるだけ種類、量ともに多くの供え物をささげるのが古来の習わし。そのおさがりを頂戴してごった煮にした雑煮は、まさにごちそうの極みだったのです。室町時代には「烹雑」(ほうぞう)、「煮雑」(にまぜ)などと呼ばれ、正月だけでなく婚札やその他の祝い事のたびに食べられていたのだそうです。現在でも雑煮の作り方は地方によって個性豊かで、まだそれぞれの家ごとにも特徴があるようです。一般に餅だけ見ても、関西では丸餅、関東は角餅に大別されていますが、その丸と角の境界線は、岐阜県南西部・関ケ原のあたりだといわれています。

宮中の新年行事に欠かせない「花びら餅」の神秘的なルーツ

羽二重のようになめらかな生地に、薄紅色の餡がほのかに透けて見える花びら餅。近年、新春の銘菓として一般にも広く知られるようになったこの美しい菓子は、600年以上もの昔より宮中の新年行事に用いられる菱葩餅(ひしはなびらもち)をルーツとするものです。元旦の早朝より、宮中では「四方拝(しほうはい)」、「賢所参拝(かしこどころさんぱい)」、「晴御前の儀(はれごぜんのぎ)」などの新年の儀式が次々に執り行われます。そしてそれらの儀式を一通り終えられた午前8時ごろ、天皇、皇后両陛下は長寿を願う「歯固」(はがため)の儀として、猪、鹿、大根、瓜、押し鮎などのお祝い料理とともに、花びら餅の原形である菱葩餅(ひしはなびらもち)をお召し上がりになります。この菱葩餅は、直径約15センチの丸い白餅をあぶり、そのうえに小豆色の菱餅を重ね、ごぼうの砂糖煮と甘く練っだ白味噌を中央にのせて、二つ折りにしたもの。私たちが街の菓子屋で見かける花びら餅よりもずいぶん大振りなものです。このような菱葩餅の形の由来にはさまざまな説がありますが、いまだにはっきりしたことはわかっていません。丸い餅は天を、四角い菱餅は地を意味し、天地のすべてを包み込む宇宙を表しているという説。また、白い餅が梅の花、菱餅が心を表すという説。さらに、菱葩全体が生命をはらむ母体を表すという説。どの説を聞いても思わず納得してしまうほど、神秘的ないわれを秘めた菓子、それがこの花びら餅の魅力といえそうです。

花びら餅 ピンク色が可憐な花びら餅

このページの先頭へ

松の内を過ぎ、ひと息つく頃七草、おんな正月七日

「七草粥」は日本伝統の薬膳料理

正月も七日を過ぎれば、そろそろお節料理のご馳走にも飽き、あっさりとしたものが欲しくなる頃。そんなとき、青菜のたっぷり入った、あつあつの七草粥ほど、見た目に清々しく、また胃にもやさしいものはありません。”ななくさ”は正式には「七種」と書き、七種類の野草を用いるという意味を含んでいます。その起源は古く、古代中国の風習から伝わったとされ、平安時代にはすでに宮中で七草粥を食べていたという記録があります。「せり、なずな、ごぎょう、はこベら、ほとけのざ、すずな、すずしろ」という七草のほとんどは実は薬草で、冬に欠乏しがちなビタミンCをはじめ、ミネラル、繊維質もたっぷり。健胃・整腸作用、脂肪・澱粉質分解作用や血庄を下げる作用、せきを静める作用がある薬効成分も含まれています。そのため、お節料理と飲みすぎで乱れた胃腸を整え、身体のバランスを取り戻す上では理想的な料理。つまり、七草粥は古代日本人が考え出したりっぱな「薬膳料理」といえます。

このページの先頭へ

十一日

年の運を開く「鏡開き」に刃物は禁物

茶筅

続いて十一日には、鏡開きが行われます。この日、歳神様にお供えした鏡餅のおさがりを頂戴し、善哉(ぜんざい)や汁粉に入れて家族みんなでいただきます。ただし、最近ではあまりうるさく言わなくなりましたが、餅を崩す時に刃物を使うことは禁物です。この行事はもともと武士が鎧兜に供えた「具足餅」を「具足開き」と称して雑煮にして食べたことが起源といわれるだけに、”切る”行為は嫌われるのです。この場合は縁起をかついでおめでたく”開く”といい、開運を願って、木槌などでたたき割るのが本道です。

茶人が粋意をこらす「初釜」の菓子

新年早々、さまざまな行事が行われますが、茶道の世界でも松の内が明ける頃、初めての茶事である初釜が催され、それぞれの流派ごとに特色のある茶菓子が用意されます。千利久の曾孫・宗室が開祖である裏千家流の初釜では、先述の花びら餅が登場します。裏千家で花びら餅が用いられるようになったのは明治時代になってからのことで、時の裏千家十一世玄々斎が宮中に願い出て、今まで巷では製造することすら許されていなかった菱葩餅(ひしはなびらもち)を、はじめて「花びら餅」として初釜に用いることを許可されたのが始まりだそうです。また、他の流派では、その年の宮中歌会始めのお題に因(ちな)んだもの、干支に因んだもの、まだ常盤、若松、相生等の松やおめでたい柄など、創意に富んだ意匠の菓子をあつらえて、この一年で最も重要な茶事を迎えます。

このページの先頭へ

十五日

夫婦の忙しさも一段落「おんな正月」でお疲れ様

正月の慌ただしさも一段落を迎える十五日、ふたたび正月を迎える地方があります。この日は、一月一日の「大正月」に対して「小正月」と呼ばれ、満月の暦をもとにして、東日本の農村地帯で素朴な祭りが行われます。「大正月」が歳神様への儀礼であるのに比べて、「小正月」はその年の豊作を祈願するためのもの。十四日〜十六日の三日間は、樹の枝に餅をすずなりに付けた繭玉や、薪を俵形に束ねたタワラガミなどの部屋飾りを用いて、来たる豊穣の様を家中に表現します。また、小正月は別名「おんな正月」とも呼ぱれ、正月の行事にてんてこまいだった主婦の労をねぎらう時でもあります。ここでは、一年の無病息災を祈り、小豆粥をいただくのが習わし。小豆はそのおめでたい赤い色はもとより、ビタミン豊富で、体内にたまった毒素や不用物質を洗い流してくれる作用もあるため、”毒消し”として古くから用いられていたのだとか。ここにも、七草同様、昔の人の暮らしの知恵が生 きています。

お節料理の縁起由来

金団-きんとん

その黄金色にあやかって金銭に不自由しないようにとお節料理に加えられました。その昔は貴重品だった砂糖をたっぷり使うことも、お正月ならではの贅沢でした。

なます

大根の白は、宮中の『歯固』の儀にも使われる神聖な色。人参の紅との取り合わせで安泰を意味する縁起ものとされています。地方によっては干し柿やイクラを加える所もあります。

黒豆-くろまめ

元旦に雑煮をいただく前に、一年の邪気をはらい、無病息災を願って屠蘇(とそ)といっしょにいただきます。”まめ”(丈夫)に暮らせるようにという縁起に因(ちな)んだものです。

結昆布-むすびこんぶ

千代結びにした昆布を、元旦の朝、最初にいだだく大福茶や雑煮に添えます。結びを”睦び”に、また昆布を”喜ぶ”にかけた語呂合わせで縁起をかついだものです。

開牛蒡-ひらきごぼう

ごぼうを軽くたたいて平たくし、酢であえたもの。”運が開ける”にあやかった縁起ものです。京都をはじめ、西日本一帯のお節料理としてよく用いられます。

開豆-ひらきまめ

水煮して大きくもどした大豆を、新年の祝膳に添えます。これも”まめ”に暮らせて”運が開ける”という語呂合わせの縁起ものとして、開牛蒡とともに膳に添えていただきます。


このページの先頭へ